IE9ピン留め

我慢の限界
人には限界がある。
どんな良識のある人間でも納得のいかない話には賛成できないのだ。
私の祖母は馬鹿を通り越してうつけである。

私はこの祖母と絶交してる。なぜか?

遠慮がないのである。いうなれば、欲望が誘っていれば他人の忠告を無視してその罠
に飛び込むのである。駅前でボランティアを装った偽募金団体がいるとする。
誰かが、「あれは有名な詐欺なんですよ。最近流行っているみたいです」といっても
1000円放り投げてしまう。これは一見善良に見えるかもしれない。
しかし、こちらにまで被害が及ぶとしたらどうだろう。これほど恐ろしい爆弾を抱え込むことはない。誰にも迷惑をかけず、なにか事を成すなら誰も悪く思わないはずだ。
しかし、こいつが暴れたがために、自分の綱までひっぱわれ崖から落ちてはたまったものではない。

たとえ話が多いが、あくまで例えである。
封建社会と今は違う。だから、切り捨てるなんて事はきちがいの沙汰と受け止めるかもしれない。ことわざに目的は行動を正当化するというものがある。金を盗むからそれを正当化するというのは無茶だが、自分の大事を守るため正当化するなら、誰も文句はいえない。
だが法律や倫理はそれを許さない。だから私はその程度で社会に罰せられることを望まない。
この糞婆と等価だとは思いたくもない。

だから、どこかの犯罪者みたく、殺人などは犯さない。犯せない。
だが、我慢にも限界がある。私は暴力は嫌いだ。昔からそうだ。(暴力を加えられたら
やり返すが。 特に老人に暴力を振るうのはまずけしからんというのが外の声であろう。

私も他人の家でそういう行為があったならば、よほどその老人が嫌な奴でない限りは
浅い人間だと感じる。だが、我慢は忍耐だ。世の中に怒らない人がいるのだろうか。
それはいる。よほど高尚か、感情がない人間だろう。だが、一般的に見てそんな人はいない。
あいつは100度こちらが我慢しても平気で事を成すのだ。
皿を1枚割っただけで怒る奴はよほど器の小さい人間だ。
だが皿を100枚1度ずつ計100回割られたらどうだろう。
なめてるしかいいようがないのだ。私にもとても我慢のできない問題だ。

だから、近々耳栓を買って来るつもりだ。うるさくてしょうがない。
# by guutaratei | 2006-01-06 15:25 | 日記


dat落ちします
人間に個性はつきもの。
アイデンティティを主張する方法は人それぞれ。
でも、なかにはそのアイデンティティとやらが認められないこともある。
認知されない。つまり、存在性が否定されるわけだが、
人はそういう人達を負け犬と呼ぶわけです。
負け犬は口先だけで実行を伴わない臆病者もいれば、実行しても低レベルな次元の雑魚もいます。負け犬とつくからにはその存在性がマイナスに認知されていると言うことです。
しかし、そうならば負け犬と呼ばれる人間はずっと負け犬のままなのかと。
もとは誰でも犬です。ただの犬。それが喧嘩で負けると負け犬になる。
人間社会でも同じ。人間に負けたら負け人間になる。
そういう合理性のなかで人は生きていけない。負け犬の方が多いから。
それをある種の観念で諦めてそのままの人生を歩き続けるのも一興かもしれない。
だって、金持ちになる必要性がそれほどないから。
昔の農民みたいにはしっぺらじゃろくに物を食えないわけでもない。
でもさ、負け犬でいいわけ?
これは啓発しているわけでもないし、、挑発なんてとんでもない。
型枠にはまった人間の生き方ってモノポリーの世界みたい。
でも、それ以外の生き方が普通じゃなかったら、当然周りから認められにくい。
社会性がないわけだから、非社会性なわけだ。
非社会性ってひきこもりとかあてはまりそうだけど、そりゃそうだよ正解。
でも、それが全てじゃない。社会性を持つと言うことは全てに負けられる犬になるということだから。負け犬に誰もがなりたいかなー。勝ち犬もいるわけだし、勝てるなら勝ちたいよね。
でも、怪我するかもしれないしな。やり方さえ変えればいくらでもチャンスはあるのにさ
# by guutaratei | 2005-12-27 19:15 | 日記


先入観は人をだめにする
バックスペースを押してしまった。
書くの面倒くさいのでタイトルで想像するしかない。

まだ書いてないことを書くとすれば、
AMAZONとかのアフィリエイトをやってる人がいますが、
それを公示しないで、商品名にこっそりリンク張って誘導しようとする奴いますね。
「馬鹿ですか?」
# by guutaratei | 2005-11-27 02:35


無能とは
本免合格した。96点であった。
試験よりも待つ時間が長いため、本を読むことしかできなかった。
それでも、久々にnewsweekが読めてよかった。
この雑誌は私が大学時代に毎週楽しみしていた国際志向の雑誌である。
新聞ほど堅苦しくもなく、またそれが雑誌のよいところであるが、ファッション雑誌と
違って内容の濃さがいい。AERAなどの雑誌もあるが、結局は最初に手をつけた雑誌が
やはり一番だろう。

今回の試験は横浜の試験場で行った。
特に適性検査が朝から始まるので、出勤ラッシュに巻き込まれることは必至で
それが一番辛かった。

最終的には受かったのでよかったが、私のような腰の重い人間は再試験をものすごく嫌う
そのため、合格まで待つ間は、万が一落ちることがあってはと内心はらはらしていた。

それから、しばらく待つと免許が交付された。
自動車学校より撮影機の精度がよいのか、私の顔が私の描いていたイケメン像そのままになった。どーりで中学高校時代モテタわけだ。(奥手だから意味がない)

後は颯爽と帰るだけだ。気分は楽になった。
交通安全協会には入らなかった。献血も体が貧弱なので遠慮した

~~~~
今日の6時ごろの番組で元引きこもりの様な人が詩を朗読していた。
こういう、欝気味な人はよく詩を書くことに気づいた。
偏見かもしれないが、そういう人は詩を書くことで自分の後悔を正当化しようとしている。

人間は土を踏まずに生きていけない。
それと同時に誰かを踏み台にして生きているのだ。
雑草が生い茂る場所を移動すると、必然その雑草達を踏まなければならない。
どんな良心を持った人でも、人間に対して限定された・動物に対して限定された
という風に限られた良心しか持ち得ない人が大半である。
その点に深い焦点をあてると、どんな理由があろうと
生きる過程で誰かが自分の下に下敷きになっている現状があることを認識させられる。

家庭であるなら、養育費や食費・その他生活費を無償で負担してくれている父母
学校であるなら、披講者の能力を上げ、社会へのハードルを低くしてくれる教師
どんなに、踏み台になっている人が嫌がっているとしても、
お金を払っている立場、払っていない立場といった関係の様に
誰かが自分の下に踏まれているのだ。

たとえ、友人がいない。親がいない。お金がない。
と言っても、その一番下には土があるのだということは忘れるべきでない
最も基本的な心得ではないかと思う
# by guutaratei | 2005-11-25 01:13


そんな日
今日何をしたか、羅列してみたところで褒められることは何一つしていない
数学をほんの少ししたことと、これから本免の模擬練習をすることくらいがいまの
眼暗な自分のできる範囲だ。

これから、真剣に就職を目指すにしても、大学進学を再び目指すにしても
自分の生涯を何に費やしたいかが見つからなければ、泥にはまった長靴同然である。
これをまだ見つけられない人は、就職していても大学生でいても数知れない。
そもそも、早期に見つかるものではないからこそ、悩むのである。

それでも、考えなければ見つからない、だからこそ今から解決する必要があるのだ。
# by guutaratei | 2005-11-20 21:50 | 日記


気ままでいられない
卒業検定に合格した。次は本免試験だが、多分余裕だろう。
だが、問題はその前にある。
試験場に行くのが面倒くさいのだ。
昨日もやっとのことぎりぎりの時間帯で住民票の写しを手に入れた。
本当は今日が試験の当日予定日だったのだが、起きた6時にまた寝て8時に起きるという
体たらくなのだ。

これでいいのかお前→まぁまぁ、本免の期間は1年だし、車にも乗る必要もないし・・
、とこのように楽観的に構えているのが悲しい現実だ
私には今現在を悲観できるほど未来を見据えた前頭葉は持ち得ていない。
だから、なぜこんだけ自分のことを分析できるのに改善できないのか。

楽観的に構えていられる現状ではない。
なぜなら、もし、家が火事になったとき、ゲームをしながら脱出しようとする馬鹿が
どこにいるというのか。そういう危機的場面に直面したときにしか、この楽観的な思考は
直せない。日常でその様な場面を経験しているにも関わらず直せないのはつまり、
現状でもなんとか暮らしていけるという余裕からなのだろう。

ただ、人間という生き物は幸せを求めれば求めるほどさらなる追求をするものである。
いま現在の自分が、平凡な幸せに安穏としていられても、いつかはその上を
妬んだり、自分を省みて後悔する日が来るのではないか。
人生一度きりということを好きな言葉として多用する人がいるが、人生が一度とは限らないけれど、同じ人生は二度と来ないのは確かだ。

いまの人生が終わると同時に自身の近辺、親族や友人、恋人、ペット・・
その全てが抹消されてしまうのも確かなのだ。
思い出がどれだけ大切なものかは誰もが理解しているところだが、
どんな最悪な思いでもどんな幸福な思いでも全てが無に帰すのだ。
思い出が一番、際立って大切に思えてくるのは、自分が死ぬ直前だ。
いい死に方をするのか、嫌な死に方をするのかも本人の人生にかかっている。

どんなにこのことを頭に入れても、かたっくるしいだけで邪魔になるかもしれない。
でも、それが深刻に思える日が必ずやってくるのは間違いのない予言となるだろう。
# by guutaratei | 2005-11-18 18:35 | 日記


hu
これだけだらだら行きながらもなんとか2段階みきわめまできた。
ネットゲームはやめた。某戦国MMOなのだが、
本当はできないお金MAXをシステムの穴を利用して増やしまくった。
これとは別に合計20万円ほどの小遣いもこのゲームのプレイヤーから手に入れた。

さすがに稼ぎすぎると後でトラブルになったとき、大変なので
なるべく浅い傷をつける程度で引くことにした。
それでも20万は働いていない身としては十分である。
以前4ヶ月ほど生協でバイトをしていたが1ヶ月そこらで稼いだのだから世の中わからない。

しかし、それではまともに生きていけるわけもなく、当然お小遣い扱いになるわけだ。

さて、現在教習所通いとなっている私だが、次は何をしよう。
なにぶん一つの事に精一杯になりやすいので(言うなれば中途半端な性格なのだ)
少しずつだが改善していかなければならない。この改善という言葉は
欧米でも日本語のままで使われているそうだ。
なんでも、改善に当たる言葉がないらしい。
日本は欧米の文化によって自らの文化を国際的に変容させていったが、
それと同時に日本人という型もアジア人というよりは国際人としての見方が
強くなっている。(それでも、日本人と中国人の区別がつきにくい人は多い)

石原慎太郎曰く、がちがちな教育の仕方が落ち着いて浸透してしまっている
現在で新たに、就職意欲のわかない人間、学力低下による学歴上下間の差など
様々なそして、なかなか解決の糸口を掴みにくい「平和ゆえの問題」がおきてきている。

その中で、働かなきゃいけないんだという脅迫感は親を未だ持つ私としては
あまり感じない。実際、人間の共存が目的でなく、一人一人の生き方が尊重されるならば
自殺などもその人達の自由であり、そこから生まれる後悔もその生き方に含まれる。

なぜそれを止めるのかは、周囲に影響を受けて生きている一般人なら当然そうするべき
だという考えを持つだろうが(持たないのがおかしい)、いまのひきこもり問題などのように
自分で考えるだけでは無理なのだという諦めをさせない限りは何をやっても無理だろう。
当人が考えなければ解決しない、そういう固定観念を捨て、また、だからといって
他人に全てを委ねるのではなく、むしろ踏み台にして行く姿勢が大事なのは確かだ。

甘えなどという概念ではなく、解決するにも他人任せでは何も進展しないまま、
年を重ねていき、段々その穴は深くなっていくのである。

人間誰しもが完璧にいきられるものではない。
例え、そう生きてきたと自負しても、若くして自分の会社がつぶれる、
不慮の事故を起こしてしまうことはありえるのだ。
だから、自分の立場を悲観せずに前向きでも後ろ向きでも進んでいけばいいと
私は自分に言い聞かせたい。
# by guutaratei | 2005-11-13 19:13 | 日記


sa
またバイトをバックレる。
一方ではゲームで10万円稼いでしまう。

自動車学校は続けているが、教官の悪態のぶりに胃が重たくなる。
こいつらのことを廃人というのではないか・・そう思う日々だ。

ニートに近づいているのでニートの話にも関心がいきやすい。
しかし、就職する気はあるので、半ニートといったところか
通信大学を通いながら、国家資格でもとっていこうか考え中
その上、集団活動にも耐えうるということも必要だ。

・・・・・
・・・・いつかは、証明せねばなるまい。
自分の生き方が正しかったことを。
間違いを認めてはいけないGMOの社長もいっていた

信念を持って生きることはどんな理由があっても否定できない真の正義だ。
それを否定する人間はあえてこういおう、カスであると。(ギレン風)
# by guutaratei | 2005-10-15 19:53 | 日記


人の顔人の心
人の粗をけなしたがる人がいるのは事実です。
それは無意識的にも罪だし、現に有害です。
※ただし、深刻に有害なのは冷静に受け止めてしまう人達)

全ての人に共通するやられたら嫌なことはどんなことがあってもしてはいけません。
これは常に破られる恐れがあり、また破れやすいものです。

受身のときに相手のことを悪く思ってしまうのは仕方のないことですが
受身でもないのに小さな粗ひとつでおっさんを子供扱いしたりするのは
逆に当人の方が精神的に幼いのです。

実はとあるブログにその様な粗を持った人のことを悪く指摘している人がいました。
コメント欄には自演か知りませんが同調したレスがみられます。
確かにその人はあまりマナーを知らないのかもしれない。
けれどそれが本当に悪意のあるものかは誰でもわかる話ですが
たかがカゴをスキャン台におろさない程度で子供扱いはないでしょうと。
そういう人に人間観察されていると思うと背筋が凍りますね。

世の中には粗探しをするのはお互い様だと思う人いるでしょう。
だけど、そういう考え方を植えつけさせているのはその人達です。
いま機嫌が悪い、体調が悪いなどの要素を含めて評価するべきです。

総合格闘家の人達のなかには予定されていた出場をキャンセルするひともいます。
それは格闘家として最良の結果を残したいからだと思いますが、
日常生活において体調が悪いからといってキャンセルするのは難しい話です。
体調が悪くてもいかなければいけません。
それが悪条件を考慮に入れて評価しなければならない大きな理由です。

人間どこかが欠如していないと生き物らしくありません。
人情がなくても世の中に大きな産物を残した人もいますし
大した功績を残さなくても、周囲の人に尊敬された人もいます。

犯罪を犯すなどの行為は無論それ相応の扱いを受けなければなりませんが
害あるようで人物的に大きい部分を持ちえる人もいるのです。

一つの能力を評価する面接試験などは例外として多少の寛容は人間として
備えておくのが全ての人が幸せになる一つの第一歩になると書いてみて感じました。
# by guutaratei | 2005-08-18 07:04 | 日記


あほらし
MMOをやっていたのですが、
つい最近引退したいがためにシステムの穴を利用して
お金増殖を行いました。
それでアカウントを消されたんですけど
中途半端に1個残されていまして・・。
消すなら早く消して欲しいものです。
# by guutaratei | 2005-08-07 20:28 | 日記

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他人なんてどうでもいい、今は自分のことを考えればいい
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